それはもう自然ではなかったんだが

「自然」って言葉は

定義は単純だけれども

そうそう存在はしないのかもしれない。

この曲を聴いた子どものころ

イヤな気持になったのは忘れられない。

ボクは肉が好きだし

The Smithsというバンドは

すごく好きなロックバンドだ。

けれども、そんな彼らが

こういう曲をメッセージとして

投げていたのがつらかった。

[bcd url=”https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/02/post-9523_1.php”]

もう、こういう市場が

ずいぶん前からあるのに

調べてみて驚いた。

これを検索した理由は

この記事を読んでしまったからだ。

[bcd url=”https://jp.reuters.com/article/column-clean-meat-idJPKCN1GE0GZ”]

生きた意識ある動物を使わずに本物の動物の筋肉組織から培養されている。食用としてニワトリや豚を飼育し、その肉を販売する代わりに、クリーンミートの生産者はごく小さな動物の細胞を取り出し、体内と同じように作用するよう培地に置き、われわれがこんにち食べているような筋肉組織に成長するよう栄養を与えて培養する。

むしろ、クリーンミート支持者は、現在われわれが口にする肉の大半を提供する家畜に取って代わることを目指している。排せつ物にまみれて暮らし、一度も屋外に出たことがなく、大量の抗生物質や他の薬を飲まされている動物たちだ。われわれが少し立ち止まってこの厳しい現実について真剣に考えるなら、クリーンミートの可能性は明白なように思える。

「今日の肉は当たりだったね」

なんて言うことがある。

スーパーで買った肉で

同じような値段でも

美味しかったものと

そうでなかったものがあったり

それには「自然な」ムラがあると

思っていた。

けれども、

一面から考えれば

食肉用の動物がつくられる過程は

ぜんぜん自然ではない。

かといって、やはり、

ボクは人工肉を食べたいと思わない。

なんでだろう?

人間が造りだすものに

一定の不信感があるからだ。

時代は過去には戻れないのだろうが

肉はなるべくでいいから

自然にちかいものから

採取したもののみというわけには

いかないんだろうか。

そんな逃げ口上みたいなことを

つい書いてしまうくらい

化学で造られる肉には

やはり抵抗が強い。

The Smithsの

あの曲がいつまでも

ボクの心を揺さぶる理由は

なにもベジタリアンだからだとか

過激な動物愛護の心からではない。

たんなる人間不信からだろう。

へばなっ!

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